先生のメッセージ


食から中国を見る

 

  私の手元に「中国食紀行」の本がおいてあります。最初は借りて読んでみようと思いましたが、懐かしいことが多く書かれていて、ついに一冊を買う事になりました。
北京は私の童年、少女時代を過ごした都市です。市の中心を貫通し、長安街がずっと西の方に延びています。昔、北京の西郊はほとんど軍事地区で外国人は許可がないと立ち入り禁止なところで、高い壁で1つ1つの軍事大院を区切られていました。私が住んでいた院内には大きな槐、柳、楊の木を植えられ、槐花の甘い香り、雪のような柳花は印象的で、夏の納涼の場となり、私たちが楽しく遊んでいたところでした。
  小さい時から生活に欠かせないものは「糧本」と「購貨証」で、今でもよく覚えています。家族の人数により毎月「糧票」を配ってもらい、それによって食糧が買え、一家の生計を計りますので、皆「糧票」を大事にしていました。
 その時の生活は、冬になると家々戸々は忙しくて白菜、大根、じゃが芋、さつま芋を貯蔵し、毎日の食材となっていました。母は家族の皆が飽きないように白菜の炒め物、煮物、餃子、包子(白菜の中身)、餡餅と工夫して食べさせてくれました。夏になると一番楽しみだったことは、学校から帰ってきたとき、母が酷、で作った飲み物を用意してくれてあり、それを一気に飲んで満足していたことです。また、時々酸梅湯も作ってもらいました。
 市場の繁栄に伴い自由市場が多くなり、農産品が簡単に手に入り易くなりました。私たちは「糧票」によって自由市場でお金の変わりに買物をしましたが、本来の「糧票」の重要性が薄くなってきました。
1989年、日本に来る前にまだ使いましたが、現在はもう廃止されています。人々の生活も豊富になりました。
 「中国食紀行」の本を通勤電車の中で読んでいて、本当に懐かしい画面が目に映りました。それは「糧票」の写真でした(P44)。それから「消える老北京好みの食品」に酸梅湯も出ています。著者の加藤千洋さんは料理の専門家ではないですが、本の中に色々な中国の料理、風土人情を紹介していますし、中医学の理論も触れています。普段はあまり他人には勧めたい本と出会いませんが、この本は私が喜んで皆さんに推薦したいと思いました。